写真は桃、初夏になると桃が出回る
山梨が有名で買いにいっていたけれど、最近はご近所でたくさん箱単位で売っているためわざわざ買いにいかなくてもいいね、と話している
形があかちゃんのお尻のようでなんとも好き、すこしでもへこむとすぐに変色してしまう繊細さも好き、香りも好きかな
母が白内障の手術をした 日帰り入院のところも多いが、高齢なため、入院できることと自分の家からも近い場所、周囲の人に聞いたら何人もそちらで手術をしていることを聞き、茅野の諏訪中央病院でお世話になった
いまは白内障の手術は高齢病のようなもので、どこも相当な混みようであるようだ
白内障に限らず、内科などでも高齢者の方々がなんらかの病気で通っていらっしゃる
母も、個人の病院がかかりつけであるが、母も信頼し、定期的に検査をしていただいているので、高齢の現在でも、まぁまぁ暮らしていけるのかなあと、感謝している
それにしても、どこもみな混むものだ
自分もたまたま盲腸で病院にお世話になったとき、血液検査のデータももらったのだが、
今回の母のこととか、病院に行く機会があるたびに、医療とデータと人との関係をあらためて考える
血液検査のデータにしても、すでに多くのデータが蓄積されている時代、検査データ自体を素人でもネット検索をすれば正常値や傾向などもわかり、AIなどを使えばより専門的な分析も行える
が
自分は参考にはWEB検索はするが、重篤な場合を除いては極力細かな検索までは行わないようにしている
特に医療についてはデータ重視にはとても怖さを実は感じている
各データベースには多くの症例なども掲載されており、より正確な症例などの入手も可能の時代だが、しょせん餅屋は餅屋、どの職業にしても、専門は専門の知識と経験をつみ、医療では医療のプロがいる
そして、プロという人たちは結局は、柔軟で優秀な頭脳とたくさんの成功や失敗の経験と確実な技術と自身に対する謙虚な姿勢なのかなと
特に、人の命を左右する医療現場であるなら、優秀であっても柔軟でなければ大きな過ちをすぐにも起こす、失敗から多くを学ぶ、ただ失敗は許されないからチームがある、自身を過信するとおごり高慢になり患者は弱者ではなく実験材料の対象にしかならない
つくづく、生きている者を扱う職業、医療、医師という仕事は大変なものだなあと
こういう機会にあらためて思い、そして患者側にとっても、医師や医療体制を見極め評価できることは、なかなか難しいのだろうなあと
あらためて思った
たまたま自分は、
家族が学生時代に症状やデータからの医師による思い込み(当時はそうだったのだろう)による異なる治療をされて死ぬとまで言われていたなか、たまたま母の知り合いが他科の医師で(当時は他科の意見など聞く事さえも難しかった)その方による再検査の提案が通ったり医師である親戚が救急車で自分の病院に転院させるとまで言い出してくれたため再検査となり結局医療が間違っていることがわかり命拾いをしたことや、
父が病気になった時、怒鳴りつけるような物言いをした医師が担当だったり
自分の喉の調子がおかしくなった時、いわれるままのある処方をしていたところ声がでなくなってしまい他院でまったく別の症状であることがわかったり
ある鎮痛薬が自分はどうしても合わないのだが、それを言ってもそんな症例はないですからと言われて処方され、飲んだところがやはりひどい事となってしまったり
まだまだそんなことが他にもあるが、いろいろな病院にて自分が考える範囲では信じられぬ経験している
すべて時効のお話なので書いてはいるが、やはりそんなこんなで、医師に対しては慎重に人と言い方を見聞きし、危ないかなとか、私には合わないかな、と思ったときは、すぐに医療機関を変えるように意識をし行動するようになった
そんなこんなと思った数日
今回の母の手術、医師の方、丁寧な各署との連携体制は、私の家族にはとても合う方、合う体制でよかったです
いちばんびっくりしたことは(当たり前のことじゃないと言う方もいるかもしれませんが)
母の白内障の手術が終わり、説明を病室にきてくださったあと、当然家族も感謝で頭をさげるじゃないですか、その医師の方も自然に頭をさげたのですね
そして病室をでるときも、一礼して退室され
患者側と医師との立場において私は一度もそのような経験はなかったので、
これはびっくりとしたできごとで、なんだか、とても心温まる瞬間でした
今の若いお医者さんたちはそういう時代だよ、と、周りは言いますが、いやいや
どの仕事も同じこと
ありがとうございます は、最も自分への肥やしになる言葉であり、その言葉をいただくことにより、その言葉に感謝する気持ちは、どんな職業であっても共通しているのではないでしょうかねえ
と
まあ、いろいろ思う数日でした
それでも最低限、血液検査は定期的にしてデータとして蓄積していくことは自分の命を守る大切なことだとも思っています
個人的には、医師の人たちの施術料はもうちょっと高額でもよい日本ではないかなあと思ってもおります
医療とつく機械とかソフトとかデータとかは逆に、昔、友人のところにレセプト設定しに行ったとき、なぜこれがこんなにするの?というお値段でびっくりした記憶があります
これからの日本、医療、どうなっていくのでしょうね
さて
本日もがんばりましょう